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2021/09/06
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LIVE KIRISHIMA_connect 第1回 クールローカルな「住まい」と「仕事」を考える ゲスト:有村 健弘氏

 

霧島リノベーションまちづくり

LIVE KIRISHIMA connect 2021年6月19日

 

YouTube配信動画はコチラ

https://youtu.be/OVIoMNzgB3w

 

 

第1回 クールローカルな「住まい」と「仕事」を考える

ゲスト:有村 健弘氏

 

PROFILE


 

有村 健弘(ありむら・たけひろ)

ゲスト:有村 健弘氏

1981年 姶良市⽣まれ。霧島市在住。

江⼾時代から続く林業の家系の11代⽬。⾼校卒業後、韓国の⼤学に進学。途中フィリピン、カナダを経由して卒業後は東京のIT企業に就職。不動産広告コンサルタント業に従事する。

⽗の急病を機に⿅児島に戻り、双⼦の弟(11.5代⽬)と共に⼯務店〈株式会社住まいず〉と材⽊屋〈有限会社アリムラウッドワーク〉を営む。住まいずでは鹿児島産の杉をメインの材として使用している。

「霧島を照らす希望の星となる」を企業および個人のビジョンとし、積極的に地域を盛り上げる活動に取り組んでいる。

個人の活動としては鹿児島スマートバーベキュー協会を⽴ち上げ、各種イベントやメディアを通して⼈を繋ぐバーベキューを普及中。また霧島・牧園で養殖されている〈霧島サーモン〉や霧島の養豚家の育てる島豚といった地域の食材を、バーベキューを使って広めている。

妻、9歳の息⼦と4歳の娘の4⼈家族。

 


×LIVE KIRISHIMA

まちづくりを行う株式会社Obama Villageを設立、中⼭間地域である霧島市隼人町小浜地区のエリアリノベーションプロジェクト〈Obama Village〉を推進中。霧島を育てる成長戦略〈LIVE KIRISHIMA〉における「Local Mind 新しい暮らしが実現できる街に!」の部分を担っている。Obama Villageは〈株式会社住まいず〉も入居するオフィスエリア、パン屋やバー、ペットサロン等の店舗エリアを含む複合施設を新設。テナントやチャレンジショップの提供を通じて、地域で新しくビジネスを始める人を応援していく。加えて賃貸住宅や民泊施設を併設し「働く場所」「住む場所」「遊ぶ場所」を徒歩圏内で実現できる、小浜地区発の新しいライフスタイルを提唱。2022年オープン予定。


霧島に帰ってきたい人の住む場所、働く場所を僕らがつくる

霧島市の人口は減少の推移を辿っており、なかでも20~29歳の層の減少傾向が著しい。2006年から2020年までの間では4,736人減っており、約半分になっている。それに伴い、0~4歳の人口も2015年を境に極端に減少している。(住民基本台帳人口より)

 

この背景には、高校生や専門学校生、大学生等が就職時に街を離れる現象がある。彼らが霧島を離れる理由として1番多く挙げているのが「地元に希望する企業がないから」、2番目は「都会の生活が魅力的だから」。(霧島市ふるさと創生人口ビジョン【令和2年改訂版】令和元年度卒業見込みの本市の高校・短大・高専・大学の学生への調査結果より)

 

未来を担う20代の若者が、主に就職を理由として街から離れていく。この現状に真正面からチャレンジし、ソリューションを生み出そうとしている人がいる。

 

地元では就職先がないと考え、また地元より都会での生活が魅力的に見えるのであれば、ローカルに、都会には創り出せない魅力的な仕事と住まいの環境をつくればいい。そう考え、働く場所と住む場所、遊ぶ場所をひとところに集めた新しいローカルのありかたを提案する有村健弘さんにお話を伺った。

 

 


 

仕事と暮らしが近接 ポートランドで学んだ幸福度が高いまちづくり

―――有村さんは「Obama Village」プロジェクトを進めていらっしゃいます。霧島のなかでも、小浜地区に着目された理由からお聞かせいただけますか。

 

小浜地区は自然に恵まれた、たいへん美しい風景が魅力です。目の前は海、後ろは山。漁村があったり道の狭い集落があったり、広島の尾道にも通ずる、風光明媚な場所なんです。そしてもうひとつ、空港へのアクセスの良さも見逃せません。地区のすぐ近くに高速道路のインターがあり、車に乗って10~15分で鹿児島空港に行ける。その割に大規模な開発を免れていて商業施設などはありません。ここまで空港に近く、かつ自然に恵まれた場所というのは全国的にもめずらしい。手つかずの奇跡のような場所だと思っていて、そこに惹かれました。

 

Obama Villageのオフィスには、僕と双子の弟が経営する〈株式会社住まいず〉も入居しますし、他にも県内外問わずさまざまな企業が入る予定になっているので、多様な人が集まる場所になるでしょう。オフィスエリアと店舗を併せて、70~80人ほどが働く予定です。それだけ昼間人口が増えると、今まで以上に地区に活気が生まれると思います。

 

既に弊社の社員も一人、引っ越しをしたり、僕もこれから小浜に家を建てて住み始めます。小浜に住みたいという方は確実に増えつつありますね。現段階で東京をはじめ他県から見学にいらっしゃる方もいて、ありがたいことに皆さん、地域とObama Villageの構想に魅力を感じてくださっているようなので、別の場所で働く方やリモートワークの方で小浜に住む人も増えていきそうです。

 

―――Obama Villageがめざす「小浜地区にて働く場所、住む場所、遊ぶ場所を徒歩圏内で実現させる新しいライフスタイル」にとてもワクワクします。街のインスピレーションはどんなところから得ていますか?

 

徳島県の神山、広島県の尾道など、まちづくりを行っている場所をいろいろ視察に行きました。いちばん大きな影響を受けたのはポートランドです。人口60万人ほど、アメリカでいちばん住みたい街と言われているポートランドは、まさに働く・住む・遊ぶ場所が徒歩圏内という形を実現していたんです。

 

都市なのでビルもあり風景はだいぶ異なりますが、住んでいる方の幸福度が高く、地元への愛着も強い。人口もどんどん増えています。見に行ったときに良い意味でショックを受けました。日本にはあまりない例だと思いますが、自分たちのできる規模でこのコンセプトを実現したいと思いました。

 

―――ポートランドというと、大企業で働くだけでなく、個人で生業をつくって、小さな経済圏で暮らすようなライフスタイルを想起しますね。Obama Villageもゆくゆくはそのような街をめざしたいと思いますか?

 

はい。企業のためのオフィスや店舗だけでなく、共同で使える工房や、オフィスエリアのなかには少人数向けの小さなスペースも作る予定なので、若い方が小さな規模からチャレンジできる場所にしたいと思っています。ポートランドで学んだことは、住む人の幸福度がいかに高いかどうかということ。格好いい場所を作ってそこに人を呼び込むよりも、住む人や働く人がたのしくてワクワクしている状況が生まれれば、結果的に人が集まることを知りました。

 

まずは自分自身、さらに家族や会社の社員、その家族、そこに関わるいろんな人たち、と個人の幸福を追求し、そこから広げていくことが、結果的にこの場所を盛り上げることになるんだと実感しています。

 

そのためには仕事だけではなく、地域の人々の暮らしが充実していることが欠かせません。例えば僕は今日の午前中、小浜の仲間といっしょに田んぼをしてきたんです。とれたお米で収穫祭をしたり、仕事以外の局面でも、ともにたのしめる場にしていきたいと思います。全国的に、田畑をやっていた方の高齢化が進んでいて、休耕地が増えていますよね。霧島市もそうです。そういった場を僕たちが使わせてもらって、野菜やお米を作れたら地域にも還元できるしいいですよね。

 

今回MCを務めた山口莉沙

 

―――都会で働いている人のなかには、地方に移住して、もう少し仕事のペースを落として、田畑をやりながら生活したい人も増えていますよね。これからの小浜はそうした人たちの受け皿になる可能性も大いにありますね。

 

そうですね。オフィスエリアに入る企業とは「ビレッジ裏手の休耕地で部活のような感じでみんなで畑をしたいですね」とか「希望者を募って船を買って、釣りをしたいですね」とか、仕事内容や働き方だけでなくてそこでの暮らしをどうやってたのしむか、という話を必ずしています。暮らしに関する価値観に共感できる人が集まったら、小浜での暮らしはものすごくたのしくなるんじゃないかと思います。

 

少子高齢化で世帯数は減っていて、それに比例して空き家も増えているので、そこをうまく活用させてもらって、住みたい人と空き家がうまくマッチングできるようにしたいですね。

 

 


 

空き家問題を解決する、キーパーソンを中心にした地域のつながり

 

―――空き家の活用もまちづくりに欠かせないポイントですね。住まいのプロである有村さんから見て、地域の空き家活用に関する課題と、解決法を教えてください。

 

仕事でもやはり今、空き家に関わる相談が多いです。僕が考える課題は3つあります。1番目は、情緒的な問題です。例えばおじいちゃんやおばあちゃんが住んでいた家に、今は誰も住んでいないけれど心理的に手放せない、というものですね。これがいちばん多いと感じます。たくさん置いてある荷物をどうするかとか、親戚間の人間関係やコミュニケーションの問題も絡んできます。

 

これを解決するポイントは、借りたい人が、持ち主の心に寄り添えるかどうか。そうした関係性を作ることですね。小浜の例で言えば、既に移住した若い方がどんどん地域に溶け込んでいくことで、空き家の持ち主から「誰かに使ってもらいたいけど、良い人知らない?」と相談を受ける関係性ができつつあります。

 

そうしたところから地域全体で空き家を活用する機運が高まれば、空き家にまつわる問題は大きく前進するでしょうね。空き家を借りたい人は、地域で人をつなぐ役目を持つ人やその家の活用に関する決定権を持つ人といったキーパーソンとつながることも大事ですね。

 

2番目は、活用したくても持ち主の方がどうしていいか分からないという問題。これに対しては僕らのような専門家や行政が相談の窓口を設ける、そしてもっとそれを広く知らせる必要がありますね。

 

3番目は、建物自体の課題です。持ち主は心理的に貸す準備が整っていても、例えばトイレがくみ取りで、若い人は借りるのに抵抗があったり、サッシが木製ですき間風があったり。建物の手入れをしないと住めないけれど、その改修費を誰が持つのか、という金銭的な問題も含まれてきます。中山間地域は空き家の数はとても多いんですが、かといってすぐに住める状態のものは少ないのが現状です。

 

設備面の問題は、建物の古さだけでなく、管理されていたかどうかが大きく関わってきます。長く人が住んでいないと換気がされず、湿気がこもってしまいます。湿気は木材にシロアリと腐朽菌という家を傷ませる二大要因を招いてしまうんです。もし長く住んでいなくても、近くに親戚の方などが住んでいて、時々換気をしたり手入れをしていれば傷みにくいので、こうした手入れがされているかどうかで空き家の状態が決まります。

 

―――例えば祖父母の家が空き家になっているという人も多いと思いますが、まずは何から考え始めるのが良いでしょうか?

 

家の管理を誰がしているか、その家をどうしていくかという決定権が誰にあるかをまずは知って、その人とコミュニケーションをしっかりとること。この家をどうしていくか話し合うことが第一ですね。同じ家に対しても思い入れがある方もいれば、そうではない方もいるので、ギャップを埋める必要があると思います。

 

―――有村さんが代表を務める工務店・住まいずでは、地元産の木や、家を建てたい方が所有する山の木で住まいを建てる事業もされていらっしゃいます。霧島産の木の地産地消がさらに進むためには、何が必要でしょうか。

 

住宅に関して言えば、鹿児島県では地元産の木材を使いましょうという運動をしていて、新築の4割が地元の材を使うようになりました。これをさらに推進するためには、まずは一人一人が意識するところからでしょうか。食べ物も、なるべく地元の野菜や魚、お肉を食べようという地産地消の意識が以前より高まりましたよね。それと一緒で、家という大きな買い物ではなくても、小さなところからなるべく地元の木材を意識して使うようにしたらいいと思います。例えば地元産の木で薪や家具を作っている人がいますので、そういう人から買うのも有効な手段だと思います。僕もできることとして、住宅をつくる際は鹿児島県産の杉の木をメインで使用し、店舗にも例えば地元産の杉のカウンターを入れたりしています。

 

お客様の山の木で家を建てることに関しては、野菜とか果物とかと違って、木は植えてから木材として使えるようになるまでに30年~50年はかかるんです。ではなぜ人が木を植えるかといったら、自分のためではなくて自分の子どもや孫に使ってもらうためなんですよね。ところが海外産の安い木材が主流になって、国内の木材が使われない状態がずっと続いてきました。植えた木を伐らないと、生態系を含む森の状態にさまざまな影響が出てきます。

 

そこを解消するためにも、お客様の山の木で家を建てることをやっていますが、それはお客様が植えたものではなく、そのお父さんやお母さん、あるいは、おじいちゃんやおばあちゃんが植えたもの。木を植えた方からすごくよろこんでいただいています。

 

 

―――最後に霧島に関わる人、これから関わりたい人に向けてメッセージをお願いします。

 

鹿児島第2の都市・霧島は、一市六町が合併した街。それぞれの街に魅力があり、多彩な人がいます。今、若い人たちを中心に盛り上げていこう、さらに街を良くしていこうという機運が非常に高くなっています。ぜひさらに多くの方に興味を持っていただきたいですし、今、霧島を離れて東京などの都会にいる方のためにも、安心して帰ってこられる場所を僕たちが作っていきます。今こそ帰ってきて一緒に盛り上げていきましょう!

 

(インタビュー・文/小野好美)

 

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