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2021/07/17
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LIVE KIRISHIMA_connect 第2回 ローカルが持つ“⾷×コミュニティ”の可能性。 ゲスト:今吉 直樹氏

 

霧島リノベーションまちづくり

LIVE KIRISHIMA connect 2021年7月17日

 

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第2回 ローカルが持つ“⾷×コミュニティ”の可能性。

ゲスト:今吉 直樹氏

 


PROFILE
今吉 直樹(いまよし・なおき)

今吉 直樹(いまよし・なおき)

1980年生まれ。霧島市在住。

2004年 溝辺町役場(現在 霧島市役場)に入職。6年間で会計、交通、消防、防災、管財、統計、情報政策など様々な業務を担当した後、2010年に鹿児島県庁観光課への出向を志願し、九州新幹線全線開業事業を1年間担当。その後霧島市 商工観光部にて10年間勤める。途中半年間、福島県・会津若松市の本田屋本店の研修生として、全国のまちづくりの現場を体感。

2021年3月に17年間の公務員生活に終止符を打ち、フリーランスに。「霧島の人と人を繋げる」をテーマに、プラットフォーム・カンパニー「キリシマビト」を創業。古民家を改修した「みぞベース」を拠点に活動中。まちづくり団体「きりしまみぞベル」のオーナーでもある。

二児の父であり、地元の溝辺小学校PTA会長(4年目)。地域活動として消防団活動や公民館活動も行う。


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市の職員時代に「ガストロノミー」の考え方と出会い、霧島ガストロノミー推進協議会の立ち上げに関わる。霧島の食を味だけでなく、それを育む風土、歴史、文化、環境、想い、技といった「おいしさ+α」から考察、「きりしま⾷の道10カ条」にまとめる。地域性、神事・風習と食文化、職人気質、環境型といった条文に加え、第10条では「褒め合う食文化/霧島の多様な食文化を互いに認め褒め合う食文化を築こう」として大切にしたい精神性を打ち出している。

また食のブランド化を推し進めるにあたり、地域ブランド認定制度「ゲンセン霧島」を制定。申請のあった地域の食関連商品やサービス、取り組みに対し国内外の専門家による審査、認定および評価を行っている。


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食文化を未来へつなぐ、互いを認め合えるコミュティ

2013年にユネスコ無形文化遺産に登録され、健康食、長寿食として和食が世界から注目を集めている。一方、国内では食の画一化が進んでいる。例えば1955年には全国に6000社あった醤油の製造元が、2019年には1141社にまで減少(しょうゆ情報センター 醤油の統計資料〈2019年実績〉より)。背景として、世帯当たりのしょうゆの年間使用量が減っていることに加えて、生産や流通で優位な大手メーカーがシェアを占有していることが考えられる。

画一化で地域の貴重な食文化が廃れることを防ぐためには、どんなことが必要だろうか。農林水産省の意識調査によると、郷土料理など地域・家庭で受け継がれてきた料理や味などを「受け継いでいる」と回答した人は60.0%、「受け継いでいない」と回答した人は36.1%。

さらに「受け継いでいない」と回答した人に、それらを受け継ぐために必要なことを聞いた結果は「親等から家庭で教わること」(71.9%)、「子供の頃に学校で教わること」(35.5%)、「出版物やテレビ等のメディアで教わること」(24.4%)、「地域コミュニティーで教わること」(22.9%)の順となっている(農林水産省 食育に関する意識調査報告書HTML形式〈平成29年3月〉)。

食の継承について、親や学校から教わることに次いで、テレビ等のメディアに匹敵する力があると考えられる地域コミュニティについて、霧島の食とコミュニティを見つめてきた今吉直樹さんに教えていただいた。


 


―――はじめに今吉さんの現在の活動や大切にしている想いを教えてください。

「霧島の人と人をつなぐ」をテーマに、もの・こと・ひとのたのしい活動に伴走したいと思っています。僕は人と人の出会いに恵まれてきたので、その人たちが喜ぶ姿を作っていくのが僕の喜びです。具体的には溝辺の空き家を改修して「みぞベース」という地域の活動拠点にしたり、地域コミュニティの場として「みぞべのね」というイベントを上床公園で定期的に行ったりしています。

子供が産まれて、できた目標があります。霧島で育った子供たちが他所に出て行ってしまったとしても「30歳を過ぎたらまた帰ってこれる街」。そのために大切な家族、大好きな街の人たちの暮らし、そしてこの街の未来を守っていきたいと思って活動をしているところです。

昔から自分には特徴がなく、何にでも染まれるのが悩みだったんですけど、でも実はそれが自分の特徴なんだと最近気付きました。水のように欠かすことができない存在、自然に流れながら場合によっては下から上に抗う。自由に透明感を持って、やっていきたいなと起業しました。

 

今日のテーマの食については、皆さん、霧島の食といえば何を思い浮かべますでしょうか? 黒酢、お茶、焼酎、黒豚、しいたけ、最近は霧島のサーモンがあったりします。本当にいろいろなものがある街です。ないものがないと言ってもいいくらいかと思いますが、僕が最初に霧島市役所の特産品担当になったときに感じたのは「霧島の食の特徴、個性って何だろう」「行政として街を売り込むのに何を伝えればいいんだろう」ということでした。

 

いわゆるブランディングができてない状態でしたので、そこから霧島らしさを築いていきたいと考えました。生産者さんの暮らしや街の未来を守るために、今霧島らしさを築かなければ街がどうなっていくのかわからないという危機感をすごく感じたんです。そこでいろいろな人に会いに行き、民間企業の研修も取り込みました。

そうしているときに出会ったのが「ガストロノミー」という言葉です。「ガストロ」は古代ギリシャ語で「胃袋」、「ノミー」は「エコノミー」とか、学問の最後につく言葉で「学術」という意味。直訳すると「胃袋学」ですね。食べることをしっかり考察する学問です。一言で食べると言っても、おいしさ以外に、健康的であるか、環境にどう影響するか、どんなシーンで食べるか等、幅広い考えがあります。商工観光分野以外でもガストロノミーという言葉の可能性は非常に広く、生きていればすべてがガストロノミーに関係してくるぐらいです。

 

ガストロノミーをかみ砕いて言うと「おいしさ+α」の「α」の部分だと思うんです。おいしいのは当たり前で、今やコンビニのスイーツもカップ麺もおいしさが追求されていますよね。だからこそ「α」の部分に非常に価値がある。経済的にも価値があるのはαの方で、αの部分をどう作っていくかを考えていく必要があるんですね。

 

例えばその土地の気候だったり風土だったり、歴史、文化、環境、その人の思いや技、そういったものがαの部分なので、それをいかに可視化して、具現化、行動に起こしていくかがこれから非常に大事だと思います。霧島のガストロノミーについては、この「きりしま食の道10か条」をビジョンとして作っています。これに沿って活動してもらえれば霧島らしさも出てきますし、環境に配慮したり世界の潮流に合わせた活動にもなり、未来に向かっての活動にもなる。これをみんなで取り組んでもらえればいいという憲法みたいなものになります。

その中で僕が好きなのが、 第10条「褒め合う食文化/霧島の多様な食文化を互いに認め褒め合う食文化を築こう」という条文です。霧島の人たちに、褒め合うとか認め合うということをして欲しいんです。霧島は広くて、山、川、海、盆地、田んぼ、すべてがある。でも合併した町なので文化が違うところもあるし、もともとは知らない人同士です。だけど人が人を認めることで始まるコミュニティ、関係性がとても重要になってくると思います。教育と同じように、その人を承認してあげることで、自分自身も承認できるようになる。相手は鏡。目の前にいる人を褒める、認めていくことの重要性が込められていて、僕が大好きな言葉です。

 

さらにこうしたビジョンを経済的に体系化するために、地域ブランドの「ゲンセン霧島」があります。これは生産者さんからの申請を受けて、審査をして評価があるんですけど、もしマイナスの評価があったとしても、そこで人と比べたりへこんでしまうのではなく、次のステップにいくために自らの現在地を知ることができる制度です。

 

食は愛の形であると思っています。僕は、おいしさ「+α」の部分で、人の想いを最も重視したいと思っています。料理人の方がお客さんのことを思っておいしく料理を作る。お母さんが子どもたちのことを思って朝ごはんやお弁当を作る。奥さんが旦那さんの体調を気遣って塩加減を調整する。そんな風に、食べることは誰かのことを思って活動することなので、ガストロノミーの本質はここにあると思っています。

 

そして食は喜びでもあって、人が動くには食べることが大きな同機になっていて、人生を豊かに生きるためには、食の喜びは欠かせません。人を動かす力あるので、経済に与えるインパクトもすごく大きいです。

 

さらに食には世界を変える側面があります。今、国連がSDGsを推進して、持続可能な地球のために国も取り組んでいます。倫理的な食材の活用、エシカルな部分はこれからだと思いますが、動物を殺して人間が腹を満たすのは、ある意味では倫理的ではないですよね。今後は倫理的な食事が増え、ダイバーシティ(多様性)も大事になってきます。時代の大転換期にあるので、こういったことを意識して、やるかやらないかで僕らの街は次に進めるかどうかに関わってくると思います。

 

最後に、一番大事にしているのは「レジリエンス」(回復、復元、再起する力等と訳される)という言葉です。何かあってもポキッと折れない、しなやかな強さがすごく大事だと思います。災害や疫病などが発生し、それで社会・経済が完全にストップしてしまうと、もう一回元に戻るのにすごい力が必要です。いつ折れてもいいように予備を作っておくことや折れるのを前提に作っておくということ、折れてもしなやかにまた元に戻れる仕組みづくりがすごく大事だなと思います。

 

そのためにもやっぱり地元のものを選ぶことが僕らに出来る活動の第一歩かなと思います。そうすることで地域の生産者を守り育て、飲食店も守れます。何かあっても遠くから物を持ってこなくても、生きていけるという、この小さな、この霧島市で何があっても生きていけるという街づくりをしていきたいなと思っているところです。

 

―――今吉さんが思う霧島の食の魅力を改めて教えて下さい。

まず挙げられるのは、水の素晴らしさです。日本全国、素晴らしい自然はどの地域にも豊富にありますが、霧島の水は他の地域と違うと思います。南九州独特のシラス台地や活きた火山があるこの地域で、何十年もかけて降った雨が地中で濾過されて、磨かれて磨かれて、湧き水や温泉になる。湧き水は川を伝って里で田んぼや畑に活用され、海に流れて漁業にもつながっている。そんな風にして、霧島の食は水が支えていると思います。

もうひとつは霧島には独自の文化、歴史があって、ここにしかない物語があります。これも食文化に大いに影響しているんですね。例えば、霧島は天孫降臨伝説の故郷なので、神様が降りてきた時にとき稲穂を持ってきたという逸話が言い伝えられています。昔の人は作物を作るときにすごく神様を大事にしてきたんですよね。その名残が暮らしのなかにたくさん残っているんです。

昔から食べられてきた料理やそれにまつわる先人たちの知恵や技は、歴史と文化に基づくもの。それを現在も継承し、再現して守っていくことが、僕らがこの街で生きていく上で貴重な武器になると思いますし、先人たちのおかげで、僕たちはこれからも豊かに生きていけるんだと思います。

―――今吉さんの世代にも、自然と上の世代から伝承されてきた物語が受け継がれてきたのでしょうか?

残念ながら僕の時代の教育には、地域のことを学ぶ時間はなかったように思います。大量に作って大量に売るという時代だったせいかもしれません。それでも、薩摩焼や薩摩切子、薩摩錫器等の作り手や郷土料理のNPO の霧島食育研究会さん、地域の加工グループのお母さんたちとか…損得とかお金の価値ではないものを大事に持ち続けてきた人たちが、現在まで継続してくれたんだと思います。当時は一見すると効率が悪いことだと思われていたかもしれませんが、その方たちは昔からある物の価値を知っていたんだと思います。

 

今回MCを務めた山口莉沙(写真左)

 

―――お子さんの世代には継承されていると感じますか?

今は、大量に作って大量に売る時代が終わり、昔からある物を大切にし、必要なものを加えていく、温故知新かつ不易流行の時代です。守らないといけないこともあるし、変えないといけないこともある。そのことが子供たちには自然と伝わっている気がします。

 子どもに伝えるためにも、大人がもっと真剣に遊ぶ必要があると思うんです。おもしろくないと何事も続かないですから。大人が地域の食やその他の文化を楽しんでいたら、子どもたちも自然とそれに触れる機会が増える。今の子どもたちは、僕が子どものころと違って大都会への憧れは少なくて、むしろ自分の街のことを好きなんです。ですから自然と地域と関わりながら、文化も伝わっていくだろうと思います。

 

―――霧島の食の豊かさを未来に継承していくにあたっての課題はどんなものがありますか? またそれに対する解決策はどんなふうにお考えでしょうか。

「きりしま食の道1 0カ条」に、食文化を未来に継承していくためのキーワードがいっぱい入っているんです。例えば「神事・風習と食文化/天孫降臨の地である霧島の食のルーツを学び体験しよう」、「職人気質/先人たちが連綿と築いてきた食の知恵と技、想いを未来に残そう」などがありますので、それを実践していくことが第一ですね。あとは子どもたちに、給食等で地元産の野菜や郷土の料理を食べてもらうのが一番効果的に伝わるかと思います。

 

―――継承という部分でうまくいっている例はどんなものがありますか?

「霧島食育研究会」の活動内容は量・質ともに日本一だと思っています。老若男女、学生さんからさまざまな職業の地域の方で構成されていて、子どもたちとピザ作り体験をしたり田んぼで作業をしたり…地域の食文化を育むためのお手本のような活動だと思います。

 

あとは次の世代につないでいくためにも、ぜひ皆さんも例えば同研究会が毎年開催されている「食の文化祭」に行ってみたり、管理栄養士で『はじめての郷土料理 鹿児島の心を伝えるレシピ集』の著者でもある千葉しのぶさんの著書を読んで、家族で一緒に料理を作ってみたりとか、そんな活動も良いのではないかなと思います。

 

―――霧島の食に関してコミュニティの重要性はどんなところにあるとお考えでしょうか?

霧島はすごく広いので、どうしても距離的な壁がありますし、産業間の壁もあります。農家は農家、畜産は畜産、料理人は料理人、というようにそれぞれの組織があり、その中の活動はもちろん大事ですが、そこを超えたコミュニティがまだ少ないと思います。でも、行政で働くなかで感じたのは、皆さんがコミュニティを欲している。外の人とつながりたいと思っているけど、なかなかそういう機会がない。ここがコミュニティづくりや食文化の活性化のための切り口になると思います。

 

―――地域にしろ産業にしろ横断的なつながりを作っていくにはどんなことが必要なんでしょうか。

ここはですね…僕がやるしかないな、と思っています(笑)。やはり間に入る人がいないといけないんですよね。行政がやるのもありだし、僕みたいにフリーの立場の人がするのもありで、僕が市役所を辞めたのもここに理由があるんです。みんなのアイデアを掛け合わせると、思ってもみないおもしろい商品ができたり、新しい販路が見つかったり、悩みがどんどん解決されていく。だから地域や産業を超えたつながりはとても重要だと思っています。そして長期的な取り組みですので、褒め合うというキーワードも大切だと思っています。

 

―――特徴がない、何にでも染まる水のような自分が昔は悩みだったとおっしゃっていましたが、その透明な今吉さんにぴったりな役目ですね。

がんばります(笑)!

 

―――コミュニティのお手本にしているところや理想像、コミュニティのありかたとして大切にしていることを教えてください。

お手本にしているのはこれまで見てきたコミュニティ全部です。いいとこどりしたいと思っています。コミュニティのありかたで大事だと思うのは、自分の弱さを見せる、さらけ出すこと。それは周りに認められたとき、安心できる空間でしか出せないかもしれないので、そうした環境を作っていきたいですね。

 

―――U ターンや I ターンをして未経験だけどこれから農業やってみたい人は何から始めるのが良いと思われますか? コミュニティ、農、6次産業化などの観点から教えてください。

コミュニティについては地域にキーマンがいますから、その人に話を聞きに行くのが一番だと思います。そこで教えてもらえるであろう農業技術は、農業を続けていく上でとても大事だと思いますので、いい農家さん、いい師匠に会うことが重要ですね。きっかけとしては市役所や農協、地域の人に訊ねて、つないでもらうのがいいかと思います。

 

六次産業については少し前に推進されましたが、生産者が一人ですべてをするのはリスクも高いし成長速度が遅かったりします。できればチームを組んで、自分でやることをしっかりと決めて、任せられるところは任せて、チームとして回していく。レジリエンスという言葉を先ほども使いましたが、ここにもつながってくると思います。支え合う、補う形。

 

外から来た方は、はじめは不安だと思いますが、ぜひ弱さを見せて、助けてもらう気持ちで入っていったらいいと思います。みんな弱いので、入る方も迎える方も、プライドは要らないと思う。鹿児島の人はおせっかいですから(笑)、いろいろ教えてくれると思いますね。

 

―――霧島に住む人、霧島を好きな人が、これから土地の食文化をさらに大切にするために何かやってみたいと思ったら、そこにはどんな可能性があると思いますか?

 

まずは行動に移すことからでしょうか。頭の中で考えるだけでは何も生まれないので、小さくでもいいから始める。誰もが完全ではないので、弱さがありますがそれでいいんです。失敗は諦めたときが失敗なので、やり続けることが大事だと思います。

 

あとは相手に興味を持つこと。相手に興味を持って、愛情を持って接することで色んなチャレンジを支えてくれる人が出てくるし、成功の確率が上がるんですよね。そんな総合的な人間力が大事だと思います。

 

 

―――そう考えると職業的、専門的に食に関わってなくても出来ることって色々ありそうですね。

 

そうですね。僕も食そのものに関わっているわけではなくて、バックアップとか人をつないでいるだけです。僕がいい例かもしれません(笑)、誰にでもできることがあるんだと思います。

 

 

―――最後に霧島に関わる人、これから関わりたい人へのメッセージをお願いします。

 

僕はこういうことをするのが役割で、皆さんそれぞれの役割がある。その役割を一人一人が一生懸命すれば、霧島はさらに良い街になると思います。認め合って、ときには褒め、ときには優しく愛を持って指導する、そういう人たちの暮らす霧島になったらいいなと思います。

 

 

 


(インタビュー・文/小野好美)

地域に横断的なつながりを作るためには、という質問に対し「僕がやるしかないなと思っています」としずかに、かつ熱を秘めた様子でおっしゃった今吉さんの表情が印象的でした。弱さをさらけ出せる温かいコミュティが霧島に広がっていくこと、私もたのしみです。

 

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